毎日の中で出会ういろいろなことを徒然なるままに…♪
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スポーツの世界は外から見るほどステキでもきれいでもない、と以前から何回も書いてきました。
もちろん、各々の選手たちのことではありません。
皆、目標を目指して涙ぐましい努力をしています。
しかし、それをとりまく世界は他の世界と変わりはないのです。
そのために、選手たちがどれくらい苦労をしているか。
もちろん、すべてではありませんが。
今回の日大アメフト事件は独裁によるバワハラです。
母校だけに、内部事情は多少なりとも情報はありますが、体育会ともなると厳しいのは当たり前ですが、それでもスポーツの真の目的を放棄したら、それはすでにスポーツではありません。
ましてや、大の大人が権力などを振りかざして学生に強要することなど許されるものではありませんね。
社会は昔ながらの根性精神は薄れつつありますが、特に日本のスポーツの世界ではまだまだ色濃く残っていると思います。
でもこれは決して悪いことではないと思っています。
しかしなぜ、今になってパワハラなどの問題がこんなに表に出てくるのか。
これはあくまで個人的な考えですが、第一にコミュニケーションの不足だと思います。
昔は「言わなくてもわかるだろう」という部分がかなりありました。
でもだいぶ前から世間は変化してきています。
知っていて常識、というのが通用しなくなっているのです。
そういう変化に教える方も順応していくべきだと思います。
教える立場としては、今の生徒がどのような環境で育ってきているのか、どうすれば理解できるのか、どの程度の共有できる知識を持ち合わせているのか、それを知るのは当たり前です。
もし一方通行ならば、結果は期待しないことです。
コーチが厳しいのはなぜか。
生徒や学生は、それを理解していなければすべてがパワハラになってしまいます。
私が昔から強く思っていること。
パワハラと受け取るかそうでないかは、ひとつだけ。
そこに「愛」があるかどうかだけです。
本当はこんなクサイことは言いたくないのですが、本気です。
そして、生徒にそれをわかってもらう努力をすること。
すべては、ここから始まるのです。
コーチが時間やエネルギーを使うのは、権力を誇示したいだけなのか、ただのストレス発散なのか、それとも自分に本当に期待しているからなのか。
受け取る側がはっきりとわかっていれば、パワハラなどと思うはずがありません。
私は、こういう問題はすべて教える方の責任だと思っています。
普段から話し合い、お互いを理解していれば起きるはずがないのです。
それがないとすれば、どう取られても仕方ありませんね。
プロコーチになった時、私が一番にしたことは、生徒をどうしようということではなく、まず自分を変えることでした。
たかがスポーツのコーチといえど、もしかしたらひとりの人間の人生を変えることになるかもしれないと考えた時、責任の重さに震えました。
その覚悟をすることは勇気のいることだったんです。
次は、中だけでなく、常に周りを見ること。
独りよがりになることなく、いつも一番良い方法を見つけ続けること。
井の中の蛙にならないことでした。
そして、コミュニケーションをできるだけとり、個人個人の考え方や特徴を刻み込むこと。
監督やコーチというのは、あくまで影の存在です。
選手たちのために存在するのです。
それを受け入れられなければ、資格はないと思っています。
今後、もしかしたらもっとこういう問題が表面化していくかもしれません。
けれど、選手たちのことを考えれば、それは良いことなのでしょう。
余計なことにストレスを抱えず、その競技だけにエネルギーを注いでこそ、良い選手が育つのですから。
もちろん、各々の選手たちのことではありません。
皆、目標を目指して涙ぐましい努力をしています。
しかし、それをとりまく世界は他の世界と変わりはないのです。
そのために、選手たちがどれくらい苦労をしているか。
もちろん、すべてではありませんが。
今回の日大アメフト事件は独裁によるバワハラです。
母校だけに、内部事情は多少なりとも情報はありますが、体育会ともなると厳しいのは当たり前ですが、それでもスポーツの真の目的を放棄したら、それはすでにスポーツではありません。
ましてや、大の大人が権力などを振りかざして学生に強要することなど許されるものではありませんね。
社会は昔ながらの根性精神は薄れつつありますが、特に日本のスポーツの世界ではまだまだ色濃く残っていると思います。
でもこれは決して悪いことではないと思っています。
しかしなぜ、今になってパワハラなどの問題がこんなに表に出てくるのか。
これはあくまで個人的な考えですが、第一にコミュニケーションの不足だと思います。
昔は「言わなくてもわかるだろう」という部分がかなりありました。
でもだいぶ前から世間は変化してきています。
知っていて常識、というのが通用しなくなっているのです。
そういう変化に教える方も順応していくべきだと思います。
教える立場としては、今の生徒がどのような環境で育ってきているのか、どうすれば理解できるのか、どの程度の共有できる知識を持ち合わせているのか、それを知るのは当たり前です。
もし一方通行ならば、結果は期待しないことです。
コーチが厳しいのはなぜか。
生徒や学生は、それを理解していなければすべてがパワハラになってしまいます。
私が昔から強く思っていること。
パワハラと受け取るかそうでないかは、ひとつだけ。
そこに「愛」があるかどうかだけです。
本当はこんなクサイことは言いたくないのですが、本気です。
そして、生徒にそれをわかってもらう努力をすること。
すべては、ここから始まるのです。
コーチが時間やエネルギーを使うのは、権力を誇示したいだけなのか、ただのストレス発散なのか、それとも自分に本当に期待しているからなのか。
受け取る側がはっきりとわかっていれば、パワハラなどと思うはずがありません。
私は、こういう問題はすべて教える方の責任だと思っています。
普段から話し合い、お互いを理解していれば起きるはずがないのです。
それがないとすれば、どう取られても仕方ありませんね。
プロコーチになった時、私が一番にしたことは、生徒をどうしようということではなく、まず自分を変えることでした。
たかがスポーツのコーチといえど、もしかしたらひとりの人間の人生を変えることになるかもしれないと考えた時、責任の重さに震えました。
その覚悟をすることは勇気のいることだったんです。
次は、中だけでなく、常に周りを見ること。
独りよがりになることなく、いつも一番良い方法を見つけ続けること。
井の中の蛙にならないことでした。
そして、コミュニケーションをできるだけとり、個人個人の考え方や特徴を刻み込むこと。
監督やコーチというのは、あくまで影の存在です。
選手たちのために存在するのです。
それを受け入れられなければ、資格はないと思っています。
今後、もしかしたらもっとこういう問題が表面化していくかもしれません。
けれど、選手たちのことを考えれば、それは良いことなのでしょう。
余計なことにストレスを抱えず、その競技だけにエネルギーを注いでこそ、良い選手が育つのですから。
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